【フリーランスとして生きる12】ライター 七尾なお

フリーランスとして活動している方にリレー形式でエッセーを執筆いただいています。第12回はフリーランスとして活躍中の七尾なおさんです。

 

「以前から、文章を書くお仕事をされていたんですか?」
初対面の方から、必ずといって良いほど聞かれる質問です。もっと格好良く、「ファーストキャリアは?」なんて聞かれたこともあります。その度に、わたしは困ってしまうのです。だってわたしには、キャリアなんて呼べるほど格好の良い経歴はないのですから。

フリーランスという働き方との出会い

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世の中に「フリーランス」と呼ばれる人たちがいることはうっすら知っていましたが、正直わたしにはまったく縁のない話でした。身近にそうした人もいませんでしたし、何よりわたしはフリーランスに対して、超えられない壁の向こう側にいる人たちだと感じていたのです。

自らの力で仕事を得て、こなして、収入を得る。強くしなやかに生きるフリーランスの人たちは、時間を切り売りしてお給料をいただくことしかできない自分にとって、キラキラと輝いて見えました。

自分には、天地がひっくり返ってもあんな働き方はできない。そう思っていました。

――にもかかわらず、わたしは「ライター」という仕事を知ってしまった。ライターになりたいと願ってしまった。けれどそのためには、フリーランスにならなきゃ無理そうだぞ、という事実に直面したのです。

それが、雇用される以外の働き方を知らなかったわたしと、フリーランスとの出会いでした。

ライターとしての歩み

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未経験からライターとしてお仕事できるようになるまで、わたしはいったいどう過ごしていたのでしょう。……なんて、大したものではないですが、経緯をちらりとご紹介します。

出版社や編プロ入社をダメ元で試みる

「まったくの未経験であるわたしが、ライターになるにはどうしたらいいんだろう?」

毎日そればかりを思い、これでもかとGoogle検索のページをめくりました。しかし、出てくるのは、

・出版社に勤める
・編集プロダクションに潜り込む

なんて王道ルートばかり。もちろんその線は調べたし、なんなら履歴書を送ったこともあります。

が、普通に考えて未経験の30オーバーの子持ちの女を「ようこそ!」と迎えてくれる出版社・編プロなんて、あるはずがないですよね(激務だって聞くし)。業界に疎い私にだって容易に想像がつきます。

当然のように、落ちました。

クラウドソーシングからのスタート

そこでフリーランスです。というか、もはやこれしかないじゃん!と藁にもすがる思いでした。

ひょんなことから知ったクラウドソーシングに登録して、初めは1記事数百円といったタスクからスタート。これがそのうち実を結ぶのか、それともまったく無意味な足掻きなのか。濃い霧の中を手探りで進むような感覚でしたが、とにかくやるしかありません。当時は文字単価いくらが適正価格だとか、そんなのはまったくわからないまま、ただただ夢中でした。

そんなとき、あるクライアントから「七尾さんの記事、とってもおもしろかったです!よかったら、継続的に依頼させてもらえませんか?」と声をかけてもらったのです。

自分の書いた記事を褒めてもらえたこと、少しまとまった収入が確保できそうなこと、何よりライターとして一段階段を登れたような感覚に、心が震えました。あれは1本のタスク記事がつないでくれた、貴重な貴重なご縁だったと今でも思います。

それをきっかけに少しずつ自信がついて、徐々にですが仕事の質も変わっていきました。

取材案件が増える

……と聞くと、もしかすると「文字単価爆上げ!」「収入が大幅にアップ!?」なんて景気の良い話をイメージされるかもしれませんが、残念ながらまったく違います。

たしかに、ジワジワと単価は上がっていきました。しかしわたしには、いわゆる高単価と言われるジャンルの知識がまったくなく、且つあまり興味も湧かなかったので、そこに飛び込んでいくにも至らず。結果的に、収入面はさっぱり振るわない状況が続きます。

むしろ、「単価は低めだがとにかく量が欲しい」という仕事を積極的に受けていた頃の方が、お金は稼げていたかもしれません(笑)。

変わったのはお金・稼ぎではなく、あくまで仕事の内容です。

もともと、わたしは稼ぎたくてフリーライターを志したわけではありません。単純に文章を書く仕事がしたかったからです。もっと言えば、しょうもない経歴しか持たないわたしが人生でワンチャン狙えるとしたら、もうライターしかないんじゃないかと本気で思ったからです。

だから、わたしの仕事へのモチベーションはお金ではありませんでした(いやもちろん、お金はほしいけど)。

インターネットリサーチのみで書く記事を揶揄して「コタツ記事」なんて呼ばれることがありましたが、わたしはコタツを出て取材に行きたい、ライターとしていろいろな人に話を聞きたい。ずっとそう願っていました。

その願いが神様に届いたのか、少しずつ取材案件が増えていったというわけです。

ちなみに取材記事といっても単価はクライアントによって全然違うので、一概に「取材案件はギャラが高い」とは言えません。

アポを取って、事前準備をして、外へ出て、人と話して、文字起こしをして、原稿を書いて、修正に対応して……とかやってると結構なコストがかかるので、ぶっちゃけ「家にこもってコタツ記事書いてた方が楽だし儲かる」と思ったことも数知れず。

でもいいの。コスパとかはとりあえず抜きにして、わたしはやっぱり取材が好きなので。

好き・嫌いといったフィーリングで受ける仕事を(ある程度)決められる。これは、会社員にはないフリーランスの特権かもしれません。あくまで、ある程度ですけど。

母親目線から見たフリーランス

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わたしには子どもが2人います。フリーランスの中でも在宅メインで働けるライターはとくに、働くママとの相性が良いのではないでしょうか。

時間や休みの融通がきく

子どもが熱を出せばお迎え要請の電話がくる、冬にはいろいろな流行病に戦々恐々とする日々、一度体調を崩せば会社を数日休まなくてはなりません。インフルエンザになんてなった日には……考えるだけでも鬱になりそう!

多くのワーキングマザーは、多かれ少なかれこうしたストレスを抱えながら毎日を過ごしているはずです。

そうした『ワーママあるある』を、わたしは必要以上に気にしすぎるところがありました。「すみません、子どもが熱を出して……」と電話する瞬間は毎度毎度胃がキリキリ痛み、何度会社を辞められたら楽か、と思ったかしれません。

数年こうした生活を続けるなかで「在宅ワークできたらいいのに」と考えるようになったのは、自然な成り行きだったと言えるでしょう。実際、会社を辞めてフリーランスになったことで時間の融通がきくようになり、気持ちに余裕が生まれました。以前より子どもと過ごす時間も取れるようになり、家の中が明るくなった気がします。

フリーランスのライターとして働くことは、「ライターになりたい」と「在宅ワークしたい」を同時に叶えてくれる、わたしにとってまさにベストな選択肢だったのです。

仕事は詰めすぎない

フリーランスとして働いていると、しばしば仕事を入れすぎてしまいます。働けば働くほど稼げる楽しさがある一方、仕事が切れる焦りや恐怖が常につきまとうからです。

けれどわたしはいつでも、「無理をしない、仕事を詰めすぎない」をモットーにやってきました。スケジュールにゆとりがないと、子どもが急に体調不良になったら締切を落としてしまうかもしれませんよね。それじゃダメでしょ、と。

また、わたしが働くのはわたしのためである一方、家族のためでもあります。だから家族、とくに子どもを犠牲にしてまで働いてしまっては、本末転倒なんですよね。

……と、ときどき自分に言い聞かせるようにしています。ついつい、忘れがちになっちゃうので。

フリーランスは生き方の1つ

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当記事のテーマは「フリーランスと生きる」ですが、実は今、わたしは兼業フリーランスとして働いています。数年ぶりにアルバイトながらも企業勤めを始め、週の大半は会社に出社する日々。これはこれで、悪くはないものです。

急にバイトを始めたのにはいろいろと理由があるのですが、タイミングよくライター職のバイトが見つかったのが大きなきっかけとなりました。

久々に毎月決まった日にお給料が振り込まれる幸せを噛み締めつつ、残りの時間で楽しい仕事をしたり、新たなチャレンジを始めたりしています。

もしかしたら、数ヵ月後にはまたフリーランス1本に戻っているかもしれないし、いないかもしれません。とりあえずは思いのまま、風の向くままに流れて行こうかなと思っています。

フリーランスという働き方に出会って、「人生は思っているよりたくさんの選択肢があるんだな!」と気づきました。

フリーランスにもメリット・デメリットはありますし、向き不向きだってあるでしょう。正直、わたしも向いているとは思いません。でも選択肢を多く持つことは、どんな人にとってもハッピーなはずですよね。

わたしのようなゆるいフリーランス道も、たくさんある選択肢のうちの1つ。「そういう生き方もあるんだ~」くらいに思っていただければ、嬉しいです。

 

(文:七尾なお)

七尾なお
宮城県仙台市を拠点に活動するライター。メディアや雑誌などで取材・撮影・執筆を行う。対応ジャンルは恋愛からビジネスまで幅広い雑食系。より地域に根ざした物書き屋さんになるべく奮闘中。二児の母。
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